2013年3月3日日曜日

6day 都会に住むか田舎に住むか

こういう質問があったら自分は田舎に住むと答えていた。あくせくする事がなく、何より自然が好きだからだ。

しかし実際本気で住むとしたらどうだろうか。よく言われている田舎の姿、閉鎖的、虫がひどい、車必須なのでガソリンが掛る、低賃金。こうしてみると住んでみたい意欲がそがれる。

そもそも自分が想像している自然の中に住むというものが、金持ちが別荘で来るような、自然の中で優雅に過ごす事であって、それは現実には無し得ない。

あと都会では小川や用水路をコンクリートで埋めて自然を壊してしまうファックな風潮があるが、あれは実は水害以外に害虫対策であったりもする。ある町では寄生虫の宿主である巻貝を殺す為、水路をコンクリートにしたらしい。寄生虫は流石に自分も勘弁だ。

実際の住みやすさでは都会が一番なのだ。

しかし都会と言ってもどこまでだろう。都会というと六本木ヒルズの様な区内の高級住宅をイメージしてしまうが、実際は府中とか八王子といったベッドタウンが大部分だろう。八王子まで行くと田舎のイメージが強くなるが、中央線一本で区内に行け、そこそこ自然があると考えたら中々なのではないだろうか(駅前にパチンコや風俗が蔓延ってるのは終わってるけど)。

最終的に自分が住むならば、23区内が勤め先だと仮定すると、聖蹟桜ケ丘辺りかもしれない。新宿まで一本だし、実際行ってみればわかるが、高台があって見晴らしも良く、自然も多い。大きな中央公園には子供も多くいたので子育てにも最適だ。

もし作家になって専業で安定していけるなら、山奥に引っ込みたい気持ちもある。


都会に住むか田舎に住むかの話しは一旦ここでおしまい。
次からは自分に関するチラ裏。


さて、こういった都会or田舎を考えていたら、自分がどっち側の人間なのかが曖昧になってきた。つまりはイメージとしての話しなのだが、社会性と人間性という二つの立場があった時、自分はどっちなのかということだ。

踊る大捜査線でいうと室井さんなのか青島刑事なのか。 またディストピア系のSFでいうと管理する側なのかそれに対抗する側なのか。

作家を志すならば人間性の立場だろう。社会に対して疑問を投げかける。ラノベ風に悪く言えば厨二病。自分は今まではこの人間性の立場と考えを持って生きてきたと思う。

しかし実際はどうだったか。中学高校の頃、自分は教師(管理側)に反抗するような生徒だったろうか。いや、どちらかと言うと真面目な生徒だった。勉強の成績は確かに低かったが提出物は出していた。授業中は騒がず静かに本を読んでいたし、数は少ないが行事の裏方をやった事もある。

いわゆる真面目系クズの様な生徒だった。

今一度問う、自分は社会性か人間性か。
・夢は作家であるけれど、志望している会社は大手やインフラなど社会性を体現する様な会社ばかりだ。

・あるゲームを例にとる。そのゲームは管理社会に対して主人公達がレジスタンスを組み対抗していく話しだが、自分はこの時、管理社会側の人間になりたいなあ。と思った事もある。

・住むなら都会か田舎かの問いでも、高級マンションに住んで自分の社会性の高さを認識してみたい願望もある。

・アウトローでありたいという心はある→しかしリスクを取ってレールを外れる様なマネはしたくない。

うーん実に真面目系クズである。

しかしあえて総括するならば、体は社会性、心は人間性といった所だろうか。管理社会側の人間になりたいと言ったのも、それは管理社会側から主人公を手助けする様な、そんな美味しいとこどりな人物に憧れているからである。

望みをいうならば、小説を書いてある程度の身分と時間が出来て、金を持ちながらも、普通の身なりでふらりと旅行したりして、そして出会う人々を斜に構えてみるような、または雲の上からみるような、そんな人物になりたい。

ゲームや漫画にもよくいるでしょう。主人公サイドなのか敵サイドなのかわからない第三者視点で、なんか知った様な感じで物語に介入して、飄々とした態度とってるヤツ。美味しい役。

多分主人公とかよりこういう役になりたいっていう人の方が多いと思う。

そんな人間に、僕もなりたいんだなあ。

0 件のコメント:

コメントを投稿