多分1週間?ぶりの更新。小説を文学賞に出す為に書いていてブログを書く暇がなかった。といっても30日締切だから1~3日はサボりであった。なんだか文字を書くのが疲れてしまった。けどこういう時に嬉々として書けるのが小説家になれるんだろうなあ。
といったところでロイヤルホストのお話。
ロイヤルホストってさ、僕ら庶民からすればそこそこお高いファミリーレストランってイメージだったんですよ。
少なくともロイヤルホストとサイゼリアは同レベルではないよね。
有名どころで言うと ロイヤルホスト>デニーズ>ガスト>サイゼリア みたいな価格帯。
でもなんか最近安くなったらしくて家族で行ったんですよ、ロイヤルホストに。あとなんかカードで一割引きだったからね。
価格を見るとハンバーグが1000円ぐらい。ドリンクバーやライスサラダセットを付けると税込で1500円以下だった。
貧乏性の自分としては1500円っていうのも少し高いなと感じてしまうけど、それでもとても高いというわけではない。ガストでも同じメニューを頼めば1200円ぐらいになると思う。
まぁ味も美味しくてそれなりに満足したんですよ。でも味や値段以上に少し気付いた事があるんだね。
それは客層が違うって事。まあ当たり前かもしれないけど、サイゼリアは学生がワイワイくるような感じで、ガストは学生とファミリーが入り乱れる感じ。デニーズは社会人がいる様な感じ。ってファミレスによって客層が違いますよね。
ロイヤルホストは少し裕福な人達って感じの客層だった。世間に疎い自分でもこの歳になったら人の服装である程度の身分はわかる。決して大金持ちではない、小金持ちでもないかもしれない、ただ裕福そうで、なんというか安定感があった。金銭面での人生の安定感。そういうものがロイヤルホストの客層から感じられた。(ズボンとシャツ一枚で行って少し場違いかなと感じたのは内緒。でもファミレスならシャツ一枚でいいよね)
ここからはロイヤルホストというより僕の人生観の話になる。
僕は昔は貧富にはあまりこだわりを持たなかった。教科書か何かの受け売りで貧しくても心は豊かになれるとかそう考えていた。ボロアパートでもパソコンがあれば小説は書けるし、金の掛かる趣味は無かった。
でも21歳という年齢になって、特に大学での人付き合いとか、コンビニでのバイトの経験を通して貧富について具体的な知識を得た。
傲慢な言い方になって恐縮だが、あえて言うと「貧しき者は出来ない事が多く、富める者は出来る事が多い」そう実感した。
いや当たり前でしょう。あえて言う事でもないでしょうと思われるけど、僕は最近それを強く思っている。
裕福ならば、美味くて健康に良い物が食えるし、良いとこに旅行に行って良い旅館に泊まってそれなりの経験を出来る。別に安い宿が悪いわけじゃない。安い宿は好きだ、なんなら野宿でも。ただそういうのは金が無くても出来るが、良い旅館とか、金が掛かるものはやっぱり金を持ってないと実現出来ない。
1年の間に安い宿に5回泊まるより、安い宿1回 普通の宿2回 良い宿1回 高級ホテル1回とか泊まった方が色々な経験も得られるだろう。
ある程度金が掛かっているものは宿に限らず、品質やサービスが良い。また文化的でもある。
何やら金の亡者みたいな言い方になってしまったけど、何も富豪になりたいわけじゃない。あくまでも日本の中流階級の話だ。「最低限の余裕ある金」がないと文化的なものを享受する機会すらなくなってしまう。あえて具体的な例を出すなら、日雇い労働で稼いだ金でコンビニ飯を買い、食って寝てまた仕事にという生活は嫌なのだ。
もっと黒い事を言うならば、サイゼリアで食べる様な生活レベルではなく、気軽にロイヤルホスト程度は入っていける生活レベルになりたいのだ。
今は父親の庇護があるからその金で僕はある程度美味いものを食える。
問題は就職して独り立ちした後、僕は父親と同程度稼げるのかという事だ。マイホームを買って、息子を2人大学卒業させて、外食も気兼ねなくいける。そんな人間になれるのだろうか。
なる。というよりそれ以上になる。父親を超えるのは当然の事だ。金を稼ぐのだ。
と、まだ内定が決まっていない僕が言っているのであった(自嘲)
おしまい。
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